pH依存性配合変化2
前回の記事では、pH依存性の配合変化を生じやすいことが予測される、pHに偏りがある薬剤の一覧を、実臨床で頭に入れておきたい重要な薬剤に絞って示しました。
前回記事:注射薬の配合変化① pH依存性-1
では、私たち薬剤師が処方監査や病棟でのルート設計支援を行う際に実際にどのように検討していけば良いでしょうか。
ここで最も重要な情報源となるのが、pH変動試験のデータです。
毎回該当する薬剤の組み合わせを自分の手で実際に配合してみて、異物確認や含量の低下がないかを機器を用いて分析できれば理想的ですが、実臨床の場ではコストや時間、安全性の問題などから現実的ではありません。
そのため、インタビューフォームや配合変化試験のデータ及び成書などで、一定の条件下でのデータをもとに配合の可否を評価していくことになります。
今回の記事では、配合変化を予測する上で特に重要なデータの見方について、アルカリ性にpHが偏った製剤である ラシックス®︎注(フロセミド)を例に、確認していきたいと思います。
pH変動試験
注射薬の配合変化を予測するための方法の一つ
具体的には、注射剤 10mLに対して、0.1M(mol/L)のHCL試液 及び NaOHを少量ずつ加えていき、それぞれで外観変化が生じるpH(変化点pH)と消費量を確認する。
最大10mLまで加えても、外観変化がない(変化点pHがない)場合もある。
この場合は試液10mLを加えた時のpHを 最終pH と呼ぶ。
pH変動スケール
添付文書や配合変化表を確認したり、成書(定番の注射薬調剤監査マニュアルなど)を参照すると、よく目にするものがこの pH変動スケール です。
pH変動試験のデータを基に作図したもので、配合変化の予測に役立ちます。
表で○か×かのシンプルな確認だけで対応できる場合もありますが、直接の配合データが両側から揃わない場合や、そもそも配合変化試験が行われていない組み合わせ、3薬剤以上の同一ルートからの投与の検討などでは対応できません。
こうした場合の配合変化予測を考える際に手助けとなるツールであり、pH変動試験のデータを視覚的にわかりやすく表現したものと言えます。
ラシックス®︎注(フロセミド)のインタビューフォームのpH変動試験のデータを示します。
これを参考に、Excelを用いて作図したpH変動スケールが ↓ こちら ↓
インタビューフォームなどに配合変化試験のデータが示されていれば、Excel などでも簡単に作成することができます。
各種資料、成書(注射薬調剤監査マニュアルなど)に記載されていますので、薬剤の特性を把握するためにも是非一度確認してみてください。
pH変動スケールの書き方
今回は、多くの方が使用可能と考えられる、Microsoft Excelを用いた実際の作図の仕方を示しておきます。
その際の設定・書き方を示しておきます。もっと上手く、簡便に作図する方法もあるとは思いますが、著者の低めなスキルでできる範囲内ということで、ご容赦ください。
PCやExcelを使い慣れている方は読み飛ばしていただいて構いません。
① 配合試験情報の入手
そもそもの前提ですが、まずは配合変化試験の情報がなければ始まりません。
PMDAや各製薬会社のホームページからインタビューフォームや配合変化関連の資料を確認します。
② Excel でのセルの幅・高さの設定
1セル=pH 0.1変動分となるように、列の幅と行の高さを設定します。
今回は、列の幅=0.5(6ピクセル)、行の高さ=72ピクセルで設定しています。
③ スケールの描画
罫線とセルの結合を使って、スケールの上に1単位で0〜14まで目盛りを書きます。
試料pH 及び 最終pHまたは変化点pHでスケールを区切り、配合変化の有無と概要を記載して完成です。
スケールの下側に、最終pHまたは変化点pHと試料pHを示しておくと、さらにわかりやすくなります。
pH変動スケールを用いた国家試験問題
最後に、pH変動スケールやpH依存性配合変化を扱った国家試験問題を確認してみます。
2017年 第102回 薬剤師国家試験 問302〜303(厚生労働省 薬剤師国家試験 問題より)
病棟の看護師より、「点滴中の患者に対し側管からブロムヘキシン塩酸塩注射剤を投与後、同一の側管より続けてフロセミド注射剤を投与してもよいか。」との問い合わせがあった。薬剤師は看護師に回答するため、両薬剤のpH変動スケールに関する情報を収集し、以下の情報を得た。
問 302(実務)
両薬剤のpH変動スケール及び配合変化に関する記述として、適切なのはどれか。2つ選べ。
1 Aはブロムヘキシン塩酸塩、Bはフロセミドである。
2 AとBを比較すると、緩衝性の強いのはBである。
3 両薬剤が輸液ライン内で混合された場合、混合液のpHは4.7以上6.3以下となる。
4 フロセミド注射剤を先に投与し、続けてブロムヘキシン塩酸塩注射剤を投与すれば白濁は生じない。
5 両薬剤が輸液ライン内で混合されて白濁を生じる可能性が高いので、それぞれ投与前後に生理食塩液等を流す。
問 303(病態・薬物治療)
配合変化について検討するために、ブロムヘキシン塩酸塩注射剤の特徴について調査したい。医薬品インタビューフォームから入手できない情報はどれか。1つ選べ。
1 製剤の安定性に関するデータ
2 有効成分の安定性に関するデータ
3 アンプル開封後の使用期限
4 浸透圧比
5 注射液のpH
解 説
問302-1
pHに偏りのある代表的な薬剤であるブロムへキシン塩酸塩とフロセミドの液性を問う問題。
ブロムヘキシン塩酸塩は酸性薬剤で、フロセミドは塩基性薬剤。
選択肢1は正。
ちなみに・・・
ブロムヘキシン自体は難溶性で、孤立電子対(lone pair)を有する第3級アミンであり、塩酸塩化することで水溶性としている。
ブロムヘキシンは弱塩基性薬物(pKa=4.3)であり
塩基性薬物の溶解度 S = S0(1+10pKa-pH)
より、pKaより低いpHでは陽イオン型(ブロムヘキシン塩酸塩)の割合が多く溶解しているが、pKaより高いpH(pH変動スケールではpH4.7)となると、難溶性の分子型(ブロムヘキシン)の割合が多くなり溶解度が低下して白濁する。
フロセミドも難溶性の弱酸性薬物(pKa=3.9)であり、pH調整剤の添加により、液性を塩基性(pH=9.4)とすることで、カルボキシル基が陰イオンに解離することで溶解している。
よって、液性が中性に近づく(pH変動スケールではpH6.3)と、難溶性の分子型の割合が多くなることで析出し、白濁する。
【 参考文献 】
北河修治, 化学構造と連関した物理化学的特性の重要性,ファルマシア Vol.54 No.6 : 566-567, 2018.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/54/6/54_566/_pdf/-char/ja
問302-2
pH変動スケールから移動指数を求めさせ、その緩衝性との相関の理解を問う問題。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspen/29/2/29_717/_pdf より
(A)注射剤:ブロムヘキシンのpH移動指数の和:1.5+1.9=3.4
(B)注射剤:フロセミドのpH移動指数の和:3.1+3.3=6.4
pH移動指数の和 ・・・ (A)ブロムヘキシン <(B) フロセミド
であることから、緩衝性は(A)ブロムヘキシンの方が大きい為、選択肢2は誤。
問302-3
それぞれの試料pHである(A)2.9 〜(B)9.4の範囲となり、(A)ブロムへキシン塩酸塩がpH4.7以上で、(B)フロセミドがpH6.3以下でそれぞれ白濁する為、輸液ライン内で混合した場合は白濁する為、選択肢3は誤。
問302-4,5
配合変化の回避の為の生食などでのフラッシュの必要性を問う問題
連続して投与した場合には、ルート内に残存した(B)フロセミドと、後から投与する(A)ブロムヘキシン塩酸塩が混合され、配合変化が生じる為、選択肢4は誤。
これを回避するためには生理食塩水などでのルート内フラッシュが有効であり、選択肢5は正。
問303
医薬品のインタビューフォームは、添付文書情報を補完するものであるが、薬剤の開封後の期限は示されておらず、注射剤の場合にはその安定性や微生物汚染などのリスクを勘案し、できるだけ早く使用する必要があるものと考えられる。
よってIFから入手できない情報として、選択肢3が正。
いかがでしたでしょうか。
今回はpH依存性配合変化に関連して、pH変動試験の概説と、pH変動スケールの読み方・書き方、国家試験問題を通じてこれらによる配合変化予測について記載しました。
次回は、pH依存性以外の配合変化についても考えていきたいと思います。
コメント